ダイジェスト中欧06-1の続き…
ウィーン-ブダペブダペストからは夜行列車でベオグラードへ。11月の夜行列車はかなり冷えます!暖房はそんなに効いてなかったような気がします。
セルビアはキリル文字なのでベオグラードは”Београд”英語のアルファベットが染み付いている日本人にはなかなか慣れない文字です。
セルビアは今でこそ日本でも観光地として徐々に有名になりましたが、当時は全く情報がなく地球の歩き方のみ…現在は物価も安くでグルメを堪能できる国として有名になりました。侵略の歴史で文化がまざわり様々な料理が混在して絶品だと聞きました。
そんなわけもあって、ベオグラードは1日観光のみ。印象としては首都なのに人が少ない。教会が多い。セルビア教会でしょうか…あとは、当時男子バレーの強豪国といえばセルビアですかね…
ベオグラードからはバスでサラエボへ。多民族が共存する文化的に洗練された都市です。西洋と東洋が混ざり合ったと言われますが、印象としてはオリエンタルな雰囲気でした。見所といえば、定番のサラエボ事件(のちに第一次大戦と発展)の橋。そして、別名”スナイパー通り”紛争中は市民も関係なく標的となったという話を聞くと衝撃的です。今でも銃弾の跡がそのまま残っていました。日本が支援した市バスも現役で走っていました。
バスでモスタルへ。モスタルといえば、イスラムと西洋の文化が混在した独特な風景が魅力。世界遺産に登録されています。ドブロブニクからも日帰りで行くことができます(バスで3時間くらい)。街のシンボル古い橋を境にイスラムと西洋の風景が同時に見ることができます。元々の橋は紛争により破壊され新しい橋となりました。街のいたる場所に紛争の跡地がそのままの状態で残っています。ある日をきっかけに隣人同士で殺人を行う悲劇が起こった場所とは考えられないです。なぜか公園に平和のシンボル???ブルースリーの像がありましたっ笑。最後にこのあたりは民泊が主流でバスを降りると客引きがいて簡単に宿探しができました。当時はインターネットも普及していなくて助かりました。